本家の虎園では書いたが長い目の冬休みをもらったので一年ぶりに帰省している。
新幹線で新大阪駅から乗り継ぎくろしおで地元を目指す。
くろしおの自由席に座り数分後に車内がイカ臭くなった。ついでに男たちの談笑。
後ろを見てみると初老と思しきおっさん7〜8人が自由席をボックスにし酒盛りをしている。
イカはその肴だった。
幸い僕は途中の駅で降りる為そこまで不快な思いはしなかったが終点まで乗り合わせる乗客はあのイカ臭さとおっさんの酒盛り声に辟易ひただろう。
ボックス席、酒、談笑。ソーシャルディスタンスのソの字もないがおっさん達は気にも止めないだろう。
その図太さはむしろ羨ましくなる。
くろしおが海南を過ぎたあたり、もしくはその先ぐらいから和歌山は田舎色が強くなる。
建物が古くなる。
都会で育った人は気にも留めないと思うが古い家の外壁伝いに煙突の様なものが飛び出している。
トップの色はだいたい青だ。
よく見ると回転している。
あれは汲み取り便所の便槽の臭いを屋外に出す換気扇だ。
正式名称は知らない。
僕は便所のカラカラと呼んでいる。
回転する時カラカラ音が鳴るからだ。
カラカラの効果を甘く見てはいけない事を2年前に痛感した。
今はグループホームに入居している祖母宅を訪れた時カラカラが壊れていた。
そもそもあれの電力供給源が分からないのだが、老化が進み換気するのもままならなくなった祖母の家の中はうんこの匂いがした。
祖母の介助をしてくれていた母にカラカラを直す様にお願いしておいた。
汲み取り便所が無くなるに合わせてカラカラを出している家も少なくなった。
僕が小中学校時代、近所の小道はカラカラが林立しておりラジオ体操で広場に集まる時はそのカラカラの通りを抜けていくのだが、当然うんこの臭いがする。
カラカラのうんこの臭いと白粉花の花の香り。
夏休みの記憶だ。
中学時代におかしくなるくらい一人の女子に惚れた。
小学校時代からの幼馴染で一時期付き合っていた、とはいえ小学校時代の付き合うなんて誰々ちゃん好きーとか、一緒に登下校、とか家でゲームするぐらいのもんだ。
その後喧嘩別れして三年。
お互い中学に上がった時に目を疑った。
その女子が見違えるくらい美しくなっていたのだ。
小学校時代は意識もしていなかったが変わりように驚いた。
それ以来その女子に積極的にアプローチするようになり、その子の家に遊びに行ったり、また向こうが僕の家に遊びに来たり、一緒に図書館に勉強に行ったりした。
まだ携帯のない時代だ。遊びに誘う時は彼女の家に電話する。
兄貴が電話に出ない事を祈りながら。
そして一緒にゲームする約束を取り付けて彼女の家に行く。
その時通るのがさっきの便所のカラカラが林立する小道だ。
うんこ臭い道を心躍らせて彼女に会いに行く。
地獄への道は善意で舗装されている、という言葉をどこかで聞いたが、
僕が彼女に会いに行く天国への道は便所のカラカラが回る音とうんこの臭いに満ちていた。
今は水洗化が進み小道のカラカラは殆ど無くなった。
その彼女とは社会人になってからもちょくちょく会っていたがあるきっかけで連絡を取らなくなった。
彼女の家は家族の転居で取り壊されてもうない。
売地の看板だけが立っている。
未練か、喧嘩別れしなければ良かったという後悔か。
便所のカラカラを見るとどうしても思い出してしまう。